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花輪理事長の独り言

母の日、秩父病院では、『看護の日』のイベントをやりました。

母の日、秩父病院では、『看護の日』のイベントをやりました。
血管年齢・骨密度・体組織測定や災害対策、保健師と運動療法士による健康相談、加えて、BSL(一次救命処置)体験指導等を行ないました。
一番良かった、印象に残ったのは、子供達が心臓マッサージやAEDを見た、体験した事です!これは素晴らしかったですね、と自画自賛です。将来必ず役に立ちます!

がん死の撲滅を目指して、今、NPO法人の設立に向けて、全力で取り組んでいます。

がん死の撲滅を目指して、今、NPO法人の設立に向けて、全力で取り組んでいます。
定款の作成、理事や役員の決定等、中々大変ですが、思いの外、順調で、期待が膨らみます。
アトム君は、昨年10月に我が家に来た時、体重4kgでしたが、6ヵ月経った今、20kgになりました。何にでも興味を持ち、何ても吸収し、全て急速に成長しています。ボルト並みに速く、山を駆け回り、今日は川で泳ぎました。
見ていると、元気が出ます。夢が膨らみます。
『知事への要望』『市長への提言』最後までやるしかないですね!

元旦以来の投稿です。

元旦以来の投稿です。
昨年、12月25日、自分の76歳の誕生日以来、今日2024年3月19日まで、患者さんの気持ちを味わって来ました。1月に前立腺がんと診断され、加えて、心臓病の懸念もあり、憂鬱な日々が続きました。なので、中々FBに投稿する気になれませんでした。

全ての検査を終え、心臓の懸念も払拭され、治療法も決まり、無理やりスキーに行ったり、フィジカルトレーニングや長距離の犬の散歩をしたりして、また活動を始める意欲が少し出て来ました。
『がん死の撲滅を目指す会』を唱える本人が、萎える訳には行きませんから(笑笑)。
もっとも、この癌は、私が50年間、外科医として診て来た、消化器系のがんと比べると、比較にならないほど良性です。『それでも、患者は大変ですね』
神様が、『患者の気持ちを少しは味わいなさい』と諭してくれたのかも知れませんね。
患者として、多くの医師に診て頂いた事は、大変勉強になりました。

この間、アトムは驚くほど大きくなりました。ヤツの身体能力は凄いです。もっと凄いのは、イタズラです。なんでも壊します。なんでも食べてしまいます。
世界一頭が良いはずの、ボーダーコリー?
馬鹿なのか?ズル賢いのか?
私が嫌だと思う事はなんでもやります。
まだ、生後6ヵ月、仕方ありませんね!

久しぶりに以前の一時期、私の家で飼っていたフレンチブルのポン太が遊びに来ました。一見の価値あり、アップします。

『がん死の撲滅を目指す会』(仮称)
NPO法人を立ち上げるつもりで準備中です。


新年明けましておめでとうございます。

新年明けましておめでとうございます。
私の今年の最初の仕事は、ミューズパークまでアトムの散歩、フリスビーの練習、レオとジャックへ、昨年の報告から始まりました。

振り返って、
2022年3月、院長を退任以来、初めての環境の中で、何かに憑かれたように1年9ヶ月を過ごしました。

2022年11月25日
大野埼玉県知事と中屋敷県議会議長に「埼玉県の地域医療を守る会第一弾としての・埼玉県医師育成奨学金免除指定病院の変更」に関する要望書を賛同医療機関の賛同書を添え提出しました。
現在賛同医療機関は66施設を数えます。
2023年10月には、埼玉県医師会の「令和6年度埼玉県への施策並びに予算編成に対する要望書」には私どもの要望も含まれました。
2023年12月26日には、秩父郡市、1市4町の首長様方が連名で、埼玉県庁にて大野知事に、ほぼ同様の内容の「埼玉県医師育成奨学金制度の返還免除要件の一部改正に関する要望書」を提出して頂きました。
この制度の改正、変更すべきところは、一点、奨学金返還免除の要件が「公的医療機関での勤務・具体的には公的・公立7病院に限定されている」ことです。
今年度から実施される「医師の働き方改革」と相まって、地域の医師不足は確実に増悪するでしょう。この制度の目的の半分「医師の偏在の解消」からして、喫緊に見直されるべきです。地域医療の崩壊が目の前に迫っています。公民の差別、絶対に許せません。

2023年3月10日
北堀秩父市長と堀口市議会議長へ「がん死の撲滅を目指す会」から「がん検診の改善と受診率の向上に対する提言」を賛同者の名簿を添え提出しました。
現在、賛同者は700名を超えています。
多くの方々に直接、あるいは、メール、手紙、メッセージ、講演会、このFB等、私に出来るすべての手段で、「がんの怖さと検診の大切さ」をお話しして来ました。
市、広域の議員様方、同窓生、幾つかの団体、医療関係者の方々、市の関係部課の方々、勿論医師会と会員の先生方等、等。
結果、未だ目に見えた進展はありません。
ただ、その中で、秩父市議会の一般質問で数人の議員様方が、がんや検診、医療関係の質問をして下さいました。この事と胃がん検診と大腸がん検診が、ほんの少し前に進んだ?かも知れないことが、救いでしょうか?
『早く見つければ、がんではまず死にません』『予防出来るがんだってあるのです』

私事ですが、私は先のクリスマス、2023 年12月25日、76歳の誕生日に入院し、前立腺がんの検査をしました。
「がん」にも良い?悪いがあって、それぞれの癌により進行の速度、見つかり易さ、転移のし易さ、治療し易いもの、治るもの、更に予防出来るもの、逆に発見時には殆ど手遅れになっているもの等、様々です。
前立腺がんは良いものに入りますが、確定診断の検査は中々大変です。何ヶ所も針を刺し、組織を取る必要があります。私の場合、昨年中は血尿が続き、最悪の年末でした。酒も飲めず(嘘です)、患者さんの気持ちが少しだけわかった様な気がします。憂鬱な大晦日ではありましたか、がん癌と言っている本人が、進行がんとなったら、笑えません(笑笑😆)

私が手術した多くのがん患者さんの気持ちはこんなものではなかったに違いありません。くどい様ですか、今やがんは早く見つけれぱ、手術はやらなくてすむ場合が多いのです。
「がん死の撲滅を目指す会」の活動として、今年は具体的な対策を必ず進めます。
まず、今急速に増え続けている大腸がんに対して、便潜血検査の窓口を増やし、受診率の大幅な向上と市民と関係者の啓蒙を目指して行きます。
アトムはまだ生後4ヶ月、もう、自分の犬の死を見たくない。ヤツを看取る前には、せめてこの地域の大腸の進行がんの撲滅くらいはやりたいなぁ!


10月の瀬戸内海クルージング

10月の瀬戸内海クルージング、ご一緒させて頂いた、ヨット「AO」「前名・波小町」のオーナーのお許しを得て、冨井氏作成の動画「喜望峰とAOに乗って」を投稿します。


何年ぶりの宿直

何年ぶりの宿直か思い出せない。
秋晴れの日曜日の朝、土曜日の宿直をお願いしていた、医師会の先生と、申し送りを兼ねて、久しぶりにお話しした。
「ありがとうございました」「本当にありがとう」

午前中一杯、色々お話しをした。
私が一度臨床医を辞めた理由、知事や市長への提言のこと、医師会のこと、これからのこと。

午後は、病院の周りと敷地内の全てを何度も歩いた。
院内もグルグルと歩いて回った。
今病院の北側の楓が色づき始めている、荒川の対岸から見ても、はっきりとそれが分かるほど、輝き始めている。

2011年3月8 日、あの東日本大震災の3日前に開院式を行なった時、こんなにも木々が大きくるなんて、思ってもいなかった。
旧病院から移植した桜も銀杏も、小さかったユリの木も、泰山木も、何種類もの紅葉も、見上げる様に高く大きく育った。

ポピーも日光キスゲも、今咲き誇るコスモスも、毎年咲続けている。

夕方からは、10月の瀬戸内海クルージングのことをFBに書いた。

宿直室のベッドに入る前に病棟に行ってみた。
三人のスタッフが、意思の通じない超高齢者の看護、介護に悪戦苦闘していた。
「大変だなぁ」と心底思った。
「ありがたいことだ」「本当にありがとう」

50年以上医者をやってきて改めて感じた新鮮な気持ちである。
今更ながら思う。「病院って大変だなぁ」

今から又、臨床外科医を始めることにした。
やらない訳には行かなくなった。
周囲の環境も、自分の気持ちも。

患者さんの病状に、自分の心の全てが左右れる現場に耐えられるだろうか。
それから逃げたはずであった。

私の、この1年半の仕事「がん死の撲滅を目指す活動」と「地域の医師確保、埼玉県医師育成奨学金制度の公民の不平等」
必ずやり遂げると心に決めた。

「終わらない手術はない」

新鮮な24時間の宿直、今眠ることができれば、明日の外来もやれると思う。

朝、5時30分に目が覚めた。

昔を振り返ると、20〜40代の頃、週に1、2回の夜間当直は普通で、32時間以上の連続勤務はザラであった。
外来をやり、手術・検査をやり、当直・夜間救急をやり、又外来をやり、手術をやった。

外に出て、又歩いてみた。
6時30分、双子山の横から太陽が出た。
写真を撮りまくった。


日本一周クルージング パート3

日本一周クルージングのパート3を投稿します。
今回は、香川県の仁尾マリーナから大分県のマリンピアムサシマリーナまでです。

2023年10月2日
新幹線岡山駅から瀬戸大橋を走るJRとタクシーを乗り継ぎ、秩父より約8時間でマリーナ到着。
1日目(10月3日)
9時頃、地ビール目的ですぐそこの、六島に向け出航、思い出を作るためでは無く、一人でも無く、今回は4人、旧知の地元のベテランヨットマン、冨井氏が乗ってくださり、何から何まで、「おんぶにだっこ」の旅立ちでありました。
途中から、冨井氏の愛艇であった「波小町」、現在「AO」コンテスト48が加わり、2隻での「瀬戸内海そぞろ歩きの2隻6人旅」となりました。
六島は猫、地ビール、診療所の島。
アルコール7%ビールを自分用に買い込む。
酔いがまわりDrコトーに自分重ねて見ましたが、私には到底無理と分かりました。
最初の泊地は、弓削島海の駅。30分歩いた先の、丘の上のホテルの露天風呂は最高でした。

2日目(10月4日)
大島に寄り、村上水軍ミュージアム見学。能島付近の潮の速さ、厳しさを学ぶ⁉️絶対無理です。
大三島の井口港泊 桟橋より小あじ少々。

3日目(10月5日)
めっちゃ今風の自転車屋さん(めっちゃと言う言葉は世の中で一番嫌いな言葉)で、電動自転車を借り、しまなみ海道を走る。
レンタル屋さん、併設のコテージ、レストラン、素晴らしく、まさに、「めっちゃ族」好み。外人も沢山、アー時代変わった⁉️
私は意地で電動使用せず。(笑😆)
午後、AO合流、夕刻、生口島の非常に潮の流れの速い水道の通船桟橋に舫を取る。
山の上の国宝の三重塔を見学。しおまち商店街は風情が残っている。夕食はオーストラリアの若者達と隣り合わせで、お好み焼き。

4日目(10月6日)
巨大な造船所を眺めつつ、本土、竹原の海の駅に抱き合わせで舫を取る。すぐに古い街並み保存地区、竹原歴史資料館、ウイスキー作りのTBドラマ「マッサン」の生家等見学。

5日目(10月7日)
ヨットを生野島のフェリー桟橋に置き、大崎上島の白水港へフェリーで渡り、粋な小料理屋さんで、昼食(天丼)。
フェリーで船に帰り上鎌苅島泊。夜漁師料理民宿で、風呂と夕食、AO でワインをご馳走になる。キャビン内は、いかにも北欧の船らしく、チークの香り漂う、オーナーの気持ち満載の雰囲気。飲み過ぎ‼️

6日目(10月8日)
下蒲刈島に直行。この島はあまりにも綺麗な古い街並み、それ以上に資料館が整備されていた。その中では、船着場の石積みと木々に覆われた小山の斜面にある茶室を備えた当日の迎賓館?が、生の昔の匂いを感じ取ることが出来る。
見学を終え、泊地の呉クレイトン ベイ ホテルの海の駅に到着。すぐに、タクシーで中央フェリー桟橋へ、そして、江田島にある、冨井氏推奨の海上自衛隊第1術科学校へ。ここの見学許可は中々大変との由、感謝です。幹部候補生の凛々しさに少し安心した次第。
この日の夜、最悪の事態が起った。ラグビー、アルゼンチンに負けたのです。ヨットのテレビ受信に万全の準備をして臨んだのに、残念、残念‼️
急にテンションが下がりました。

7日目(10月9日)
今回の、当初の最終目的地、沖野島マリーナ向かう。ここは10年以上前に訪れたことあり、静かで自然に包まれた、日本で有数のヨットの泊地と、私は思っている。ハーバーマスターも喜望峰を覚えていた。あの時にやったバーベキューをやることにした。
今まで釣ってきた、アジとキス(タイは、また又釣れず)を加えて打ち上げをした。
夜光虫が紫色であった。
今回のクルージングでは、冨井様に大変なお世話をおかけしました。心から御礼申し上げます。

8日目(10月10日)
仁尾を出航当初の予定を変更、早朝6時出航、潮良く風、北東25ノット、艇速9ノット、14時過ぎに大分、マリンピアムサシ到着。

9日目(10月11 日)
飛行機で大分から羽田まで、僅か、1時間半。
窓から、離陸時、喜望峰3が見えた。あっという間に、瀬戸内海の島々、瀬戸大橋が眼下に見える。
この1時間半に、3回のクルージングの約1月が詰め込まれてる。人生もそんなものかな?^_^^_^


大渦と絶景、そして提言への決意

9月4日 8時 和歌山マリーナ出航。
鳴門大橋を10時過ぎに通過。潮止まりのはずが、大渦。船も大きく振られるが、エンジンで乗り切る。最速14ノット。早い潮の中で、地元の漁船が激しい鯛釣りバトルを展開している。渦潮見学の観光船には多くの観客。我々の船がどうなる見学している?その後も、つれ潮。嬉しい誤算。2ノットの潮に乗り、15時頃、小豆島池田港の山地鉄工さんの管理するポンツーン(浮き桟橋)に舫をとる。タクシーで土庄のスーパーへ。小豆島に温泉付きの大きなスーパーがあったのには驚嘆。温泉施設の露天風呂、目の前に瀬戸内海の優しい島々、これは絶景。瀬戸内海の潮は難しい。村上水軍は大したものです。船乗りとして、とてもかないません。

9月5日 8時出航。
台風13号は北東に行き心配なし。もう一泊をどこかの島か、連泊も考えた。台風12号も四国沖で熱帯低気圧となり、風は東に振れ最適なので、香川県の仁尾に向かうことにした。瀬戸大橋をくぐり、本線航路を避け、島の間を縫うように走り、余裕のクルージング。途中で、潮の流れの中、タイを狙うもダメ。夕方前には仁尾マリーナ到着。旧知の地元のヨットマン、冨井氏の出迎えを受ける。

9月6日 今度は瀬戸大橋を電車で走り、岡山から新幹線、埼玉県秩父の自宅までおよそ7時間半。遠いのか?近いのか?

雑観
やはり新幹線は早すぎです。外人多過ぎます?
バスケは最高でした。しかし、大谷翔平が肘のじん帯損傷で投げられず、さらにベンチ入り。心配です。これからは、ラグビーワールドカップに期待か?この季節のクルージング、正に台風次第です。今の私には緊張感も少し必要かも?
「秩父市と埼玉県への提言と要望」気合を入れて取り組んで行きます。自然には歯が立たないですが、社会の不合理は、もしかして、変えられるかも知れません。

 


黒潮市場と高野山観光、太刀魚釣り

9月1日 休憩 黒潮市場、黒潮温泉を堪能。
マリーナシティは一回り小さいハウステンボスのようであるが、ホテルに隣接したマリーナと設備、特に歩いてすぐの温泉は素晴らしい。黒潮市場で買った食材をそのまま海側のバーべキューハウスで食べられることも嬉しい。

9月2日 ホテル前から直通バスに乗り、高野山観光。客は我々のみ。立派なお寺、豪華賢覧・趣のある建物と庭、沢山の大きな墓と立派な墓石、圧倒される杉並木。標高も高く、かなり涼しい。気温は標高1000メーターで6度下がるが、加えて、森の呼吸と冷気・霊気?
紀州梅、梅味噌、梅ジャム、ゴマ豆腐を買い込む。ここから熊野古道を通り、前回訪れた熊野大社へも通じている。何時か歩くか? 何処も外国人が多い。なるほど高野山。帰りのバスはメキシカンのカップルと一緒。

9月3日 マリーナの防波堤の外側は500m以上も続く釣り桟橋となっている。夜釣りをやっていた釣り人から、太刀魚が釣れると聞き、市場で干しイワシを買い込んでヨットから狙ってみたが、まったくダメ。


二度目の出航。台風の影響から再チャレンジへ向けて。

クルージングの続きです。

2023年8月5日に台風6号から逃げ、逆戻りし、伊勢志摩マリーナに避難しましたが、6号は西にそれ、その後8月15日に台風7号が那智勝浦・潮岬付近に上陸しました。伊勢志摩マリーナは台風の右に入り進路としては最悪でしたが、喜望峰Ⅲに全く被害はありませんでした。
多少の不具合を再整備し、改めて8月30日に伊勢志摩から再出航しました。日本一周のクルージングに出発してから2回目の航海を振り返って投稿します。

8月30日 7時出航 15時 那智勝浦に2度目の入港。例によって温泉とマグロ定食。

8月31日 5時30分出航 16時50分 和歌山県和歌山マリーナシティマリーナ入港。

良い泊地があれば田辺(南紀白浜)付近に一泊を考えたが、適当な港が見つからず。一気に次の目的地の和歌山のマリーナを目指した。入港の時間制限もあり、最短コースと決め、串本と紀伊大島を結ぶ橋の下を通過した。海面から橋下の間は21m。喜望峰のマストの高さは19m? 確か以前にも通過したことがあったが、潮の具合では結構心配ではある。恐る恐る通過した。

この日は、まだ小笠原付近にいる台風12号の影響で南の風が吹いており、セーリングには絶好。本州最南端の潮岬を回り込み紀伊水道まで、15mを超える真追っての風となり、加えて台風の大きなうねりと、3~4m位の波が真後ろから船を押し、豪快なクルージングとなった。紀伊水道のうねりは何時も大きいが、風と波に恵まれ、無事走り切り、マリーナと約束の17時前に到着。
夕食はタクシーで海南町のしゃれた居酒屋へ。地魚はホウボウと太刀魚か?


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プロフィール
秩父病院理事長 花輪 峰夫

秩父病院理事長 花輪 峰夫

人と人との触れ合い医療を実践し、患者さんから信頼され、スタッフが気概を持って、地域に貢献できる病院を目指します。

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